否定は肯定

SNSを眺めていていつも思うのが、そんなの放っておけばいいのに、だ。
数少ないちょっとおかしな人のことをわざわざSNSで取り上げて否定すると、放っておけば消えた火が、かえって燃え上がってしまう。
否定が肯定に変わる瞬間だ。
世の中にはおかしな人が少なからず存在する。
それは仕方のないことだ。
正常に対して異常は数パーセント存在してしまうのが自然の習い。
おかしな人が数パーセント存在するのが正常な自然界。
おかしな人は数パーセントなので、放っておけば消える。
あるいはそもそも数パーセントの存在なので影響力はほとんど無い。
それをわざわざSNSでこんなおかしな人がいると宣伝してしまうと、その存在がインフルエンサーへと変貌してしまう。
否定は肯定だ。
そのうちにその数パーセントのおかしな人が当たり前になってしまう。
テレビがいい例だ。
おかしなことやおかしな人も、毎日毎日触れていると感覚が麻痺してしまって、おかしなことやおかしな人が当たり前に思えてくる。
一度頭をリセットしてから、まじまじとテレビを観てみるといい。
テレビにはおかしなことおかしな人が溢れている。
テレビはわざわざ数少ないおかしなことおかしな人を取り上げて視聴者に否定させる。
否定は肯定の別の一面だ。
どんなおかしなことやおかしい人も毎日毎日見ているうちに慣れてしまう。
目出度くそれらのおかしなことおかしい人たちは当たり前の存在となり有名となる。
時に否定は肯定なのだ。

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