人間と言う種は、男と女が生殖しない限り子供は生まれず種を保存することはできない。
そして生殖に有効な性別だけが唯一事実としての生物学的性別であり、それ以外は作られた性と言うことになる。
生物学的性別と心理学的性別は別次元の話だ。
なぜなら人間は誰でも生物学的性別以外に女性的部分と男性的部分を持っているからだ。
要は自己認識の問題なので、肉体は男性で心は女性だろうが、肉体は女性で心が男性であろうが、それは個々人の自己認識の自由であり他人が干渉することではない。
肉体は男性であるが心は女性でありしかもゲイであり女性を愛する人だっているだろう。
肉体は女性ではあるが心は男性でありしかもゲイであり男性を愛する人だっているだろう。
生物学的性別以外は心の問題なので、どう主張しようがその人の自由である。
誰でも女性的要素と男性的要素の両方を持っているのだから、LGBTやらジェンダーやらノンバイナリーやら、新しく性を作り出すのは、強い政治的意図か、若しくは特別な自分という自己顕示欲が満たされて満足するくらいの価値しかない。
さらに付け足せば、自分の性別で悩んでいるのは、ほとんどの人が該当する。
自分が男であることで悩み、自分が女であることで悩む。
それは別にLGBTやノンバイナリーに限ったことではない。