現代社会において差別と言う言葉は、自分達の主張を押し付けるために利用されているにすぎません。具体的には自分達の不利益になることに対して「差別は絶対ダメ」とレッテル貼りを行い相手の主張を封じ込めるのに利用します。
差別と言う言葉は特定の誰かの利益を守る道具として利用されてきた。
自分達の生命を守るために良いものと悪いものを差別するのは良いことです。
だってそうやって人類はいままで生き延びてきたのですから。
食べられるものと食べられないもの。
人間を襲う動物とそうでない動物。
自分達の命に危険を及ぼす人物とそうでない人物。
などなどそうやって差別して人類は今まで生き抜いてきました。
しかし人間の中には自分達の生命を守るためではなく、自分達の気分を守るために差別する人がいます。そういう差別はそういう差別であるという理解は必要だと思います。
つまり生命を守るための差別は当たり前に人類は行って来たからそれはそれで良いんじゃないの?ってことです。
しかし一方で命とは無関係に、ただ単に差別することでいい気分になるという人は、そういう人はそういう人だということです。そういう人もいるということです。ただそれだけです。
そういう人が嫌いなら黙って離れれば良いだけです。



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