価値観がマスメディアに基づいていると特殊の一般化が起こりやすい

特殊の一般化とは数少ない特殊な事例がマスメディアによって何度も何度も大々的に報道されると見ている方がそれに慣れてしまいそれが一般的であるかのように思ってしまう現象だ。
ちなみにこの言葉のこの意味での使用は私が考えた。

具体例で言えば、例えば今まで一度も起こったことのないようなことが事件がセンセーショナルなものであれば、まずメディアはこぞって連日連夜その事件を報道する。
そのうちに見ている方は、今までに一度も起こったことのない事件が明日にでも自分の身に起こるかもしれないと考えるようになり、そういう人間が増えると特殊の一般化は完了し、全国的にその今までに一度も起こったことのない事件が一度起こっただけで、その事件の対策を大々的に行おうとする。

例えて見れば、一億円当たるかもしれない宝くじを買ったから、今のうちに一億円の保管場所を確保し、買い物リストを作っておかなければ、という思考と同じだと思う。

数少ない特殊な事例もマスメディアで大々的に報道すれば一般的なものになってしまう。
数少ない特殊な事例が当たり前になってしまう。
この現象のメリットもあるにはある。
一億円の宝くじが当選する可能性より低い確率で起こることに対してお金が大量に使われるということ。経済は回るだろう。

その日の気分によって男になったり女になったりする人がいるそうだ。
そういう人が存在する。
関係ない人はああそうなんだで良いと思う。
当人とその周りの人が解決すればそれで済む。
そういう特殊な事例は一般化する必要はない。

数少ない特殊な事例は数少ない特殊な事例として個々にしっかりと対策をすればいい。
数少ない特殊な事例を一般化する必要はない。

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