死後の世界について現状誰も確かなことは分からない。
そこをスタート地点として
一般的人間は、死後どうなるか分からないからとりあえず今を精一杯生きようと考える。
死後の世界はこうであるという自信のある人は宗教やスピリチュアルを始めることができる。
その中でも死後の世界の為には現生を犠牲にせよと訴えるものが宗教となり、死後の世界のためにこそ現生を大切に生きよと教えるものがスピリチュアルとなるのでは?
死後の世界という誰もハッキリさせることのできないものを説明するために人は宗教やスピリチュアルを必要としている。
ただ死後の世界の為には現生を犠牲にせよという教えの宗教には当然危険な面もある。
死後の世界のほうを優先するのだから、現生の命を第一には考えないということだ。
死後の世界の為にも現生を楽しめというスピリチュアルの教えにも危険な面はある。
死後の世界を優先するあまり、現生では、自分では何も行動しなくなる危険性がある。
死後の世界はあるかもしれないが、生まれた以上自分のできることをやりながら一生懸命精一杯生きよう、そして死後の世界について誰もハッキリしたことは言えないのだから、他人の価値観や生き方も尊重して生きていこう、、、そういう生き方が一番無難だと私は思う。
いずれにしても人間の死後をどう考えるかによって、あるいはどう信じるかによって、宗教やスピリチュアルが生まれたのだと私は考える。
人間の死後については分からない → 一般的な人間
人間の死後はこうであると信じることのできる人間 → 宗教的あるいはスピリチュアルな人間
死後の世界を今生きている世界より優先 → 宗教
死後の世界と今生きている世界は同等 → スピリチュアル
死後の世界を信じない人 → 今生きている世界を絶対的に優先
ざっくり言えばこういう感じではないだろうか。



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